孫子の兵法

目次

1-始計篇

・兵は国の大事なり
・五つの基本
・七つの条件
・仕える条件
・基本と応用
・兵は詭道なり
・勝利の見通し

2-作戦篇

・戦争には莫大な費用が掛かる
・兵は拙速をきく
・智将は敵にはむ
・勝って益々強くなる

3-謀攻篇

・百戦百勝は、善の善なるものにあらず
・上兵は謀を伐つ
・戦わずして勝つ
・勝算がなければ戦わない
・君主の口出し
・彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず

4-軍形篇

・敵のくずれを待つ
・攻めと守り
・勝ち易きに勝つ
・まず勝ちて後に戦う
・勝兵は鎰をもって銖をはかるがごとし

5-兵勢篇

・軍の編成、指揮、奇正、虚実
・戦いは奇を以って勝つ
・奇正の変は、勝げてきわむべからず
・激水の石を漂わすに至るは勢なり
・利をもって動かし、卒をもって待つ
・勢に求めて人にもとめず

6-虚実篇

・人を致して、人に致されず
・守らざる所を攻める
・手薄を衝く
・十を以って一を攻める
・戦いの地を知り、戦いの日を知れば
・兵を形するの極は無形に至る
・実を避けて虚を撃つ

7-軍争篇

・迂を以って直となす
・百里にして利を争えば
・兵は詐を以って立つ
・疾きこと風の如し
・衆を用うるの法
・気、心、力、変
・窮寇には迫ることなかれ

8-九変篇

・君命に受けざる所あり
・九変の術を知らざる者は
・智者の慮は必ず利害にまじう
・吾の以って待つあることを恃む
・必死は殺され、必生は虜にされる

9-行軍篇

・地形に応じた四つの戦法
・軍は高きを好みて下きをにくむ
・近づいてはならぬ地形
・近くして静かなるはその険をたのむ
・ことばひくくして備えを益すは進むなり
・利を見て進まざるは労るるなり
・しばしば賞するはくるしむなり
・兵は多きを益とするに非ず

1-始計篇(7項)

兵は国の大事なり

戦争は国家の重要一大事であって、国民の生死、国家の存亡がかかっている。
それゆえ、細心な検討を加えてからかからなければならない。

それには、まず【五つの基本】をもって戦力を検討し、
ついで、【七つの条件】をあてはめて彼我の優劣を判断するのである。

五つの基本

(道)
 君主と国民を一心同体にさせるものといった【心理的条件】。

(天)
 昼夜、晴雨、寒暑、季節などの【時間的条件】。

(地)
 行程の間隔、地勢の険阻、地域の広さ、地形の有利不利などの【地理的条件】。

(将)
 智謀、信義、仁慈、勇気、威厳など、将軍の器量などの【技能的条件】。

(法)
 軍の編成、職責分担、軍需物資の管理などの【経理的条件】。

七つの条件

(一)
 君主は、どちらが立派な政治を行っているか。

(二)
 将軍は、どちらが有能であるか。

(三)
 天・地・時は、どちらに有利か。

(四)
 法令は、どちらが徹底しているか。

(五)
 軍隊は、どちらが精強であるか。

(六)
 兵卒は、どちらが訓練されているか。

(七)
 賞罰は、どちらが公正に行われているか。

仕える条件

王が、もし私のはかりごとを用い、軍師として登用するなら、必ず勝利を収めることができる。
それなら、わたしは貴国にとどまろう。

逆に私のはかりごとを用いなければ、かりに軍師として戦いにのぞんだとしても、必ず敗れる。
それなら、わたしは貴国にとどまる意志はない。

基本と応用

以上述べた七つの基本条件において、こちらが有利であるとしよう。
次になすべきことは、「勢」を把握して、基本条件を補強することである。
「勢」とは、その時々の状況にしたがって、臨機応変に対応することをいう。

兵は詭道なり

戦争は所詮、騙しあいである。

・有能なのに無能のふりをし、油断をさそう。

・必要なのに不要とみせかけ、価値をあざむく。

・遠ざかると見せかけて近づき、虚をつく。

・有利と思わせて誘い出し、混乱させて突き崩す。

充実している敵には退いて備えを固め、強力な敵に対しては戦いを避ける。

敵の手薄につけこみ、敵の意表を突く。
これが勝利を収める秘訣である。

これらは、事前に予めこうだと決めてかかることは出来ず、たえず臨機応変の運用を心掛けなければならない。

勝利の見通し

開戦に至る前の作戦会議で勝利の見通しがたつのは、勝利するための条件が整っているからである。

条件が整っていれば勝ち、整っていなければ敗ける。

つまり、勝敗は戦わずして予め明らかになるのである。

2-作戦篇(4項)

戦争には莫大な費用が掛かる

およそ戦争というのは、内外の費用、外交使節の接待、軍需物資の調達、車輪・兵器補充などに、一日千金もの費用がかかる。
さもないと、とうてい十万もの大軍を動かすことはできない。

兵は拙速をきく

短期決戦にでて成功した例はあっても、長期戦に持ちこんで成功した例はない。

長期戦ともなれば、戦って勝利を収めたとしても、軍は疲弊し、士気も衰え、戦力は底をつき、国家の財政も危機におちいる。

長期戦が国家に利益をもたらすことはないのだ。

智将は敵にはむ

戦争指導に優れている君主は、兵や物資の追加輸送を、頻繁に繰り返すことはない。

物資を遠方まで何度も緊急輸送しなければならない状況では、戦争は長期化し、物価や経費は高騰する。
兵の負担は重くなり、生活は困窮する。
かくして、国力は底をつく。

こういう事態を避けるため、知謀に優れた将軍は、軍需物資を、敵地や現地で調達するように努力する。

勝って益々強くなる

兵士を駆りたてるには、敵愾心、競争心をうえつけなければならない。
また、手柄に見合うだけの見返りを約束し、手柄をたてた兵士には表彰する。
とり残された敵兵は手厚くもてなして、自軍にとり込む。

だから、戦争となれば、必ず勝たなければならない。

したがって、長期戦を避けて早期に終結させなければならず、この道理をわきまえた将軍であってこそ、国民の生死、国家の安危を託すに足るのである。


将たりえる条件。

(一)
 大勢の部下を一つにまとめ、集団としての力を発揮させる。

(二)
 出陣したからには、至る所に敵がいるつもりでかかること。

(三)
 敵と相対したとき、生きようとする気持ちを捨てること。

(四)
 たとい勝っても、緒戦のような緊張感を失わないこと。

(五)
 形式的な規則や手続きを簡素化すること。

3-謀攻篇(6項)

百戦百勝は、善の善なるものにあらず

戦争のしかたというのは、百回戦って百回勝ったとしても、最善の策とは言えないのである。

敵国や敵軍は、痛めつけないで降伏させるのが上策であり、撃破して降伏させるのは次善の策にすぎない。

したがって、戦わないで敵を降伏させることこそが、最善の策なのである。

そもそも、百回勝つために百回も戦っていては、兵、軍、国の、大きな犠牲や疲弊はまぬがれない。

上兵は謀を伐つ

最高の戦い方は、事前に敵の意図を見破ってこれを封じることである。
これに次ぐのは、敵の同盟関係を分断して孤立させること。
第三が、戦火を交えること。
最低の策は、城攻めに訴えることである。

城攻めを行おうとすれば、攻城兵器の準備に時間がかかる。
土塁を築くにも更に時間を要する。
そのうえ血気にはやる将軍が、兵士をアリのように城壁にとりつかせて城攻めを強行すればどうなるか。
兵力の半数を失っても城を落とすことはできまい。

城攻めはこれほどの犠牲をしいられるのである。

戦わずして勝つ

戦争指導に優れた将軍は、武力に訴えることなく敵軍を降伏させ、城攻めをかけることなく敵城をおとし、長期戦にもちこむことなく敵国を滅する。

相手を痛めつけず、無傷のまま味方に引き入れて、天下に覇をとなえる。

兵力を温存したまま、完全な勝利を収めることが、知謀にもとづく闘い方である。

勝算がなければ戦わない

戦争のしかたは、次の原則にもとづく。

自軍兵力が、敵軍の、

10倍の兵力 ⇒ 包囲する。
5倍の兵力 ⇒ 攻撃する。
2倍の兵力 ⇒ 分断する。
互角の兵力 ⇒ 勇戦する。
劣勢の兵力 ⇒ 退却する。
勝算がない ⇒ 戦わない。

君主の口出し

将軍は君主の補佐役であり、補佐役と君主の関係が親密であれば、国は必ず強大となる。
逆に、両者の関係に親密さを欠けば、国は弱体化する。
君主が余計な口出しをすれば、軍を危機に追い込みかねない。

それには、次の三つの場合がある。

(一)
 進むべき時でないのに進撃を命じ、退くべき時でないのに、退却を命ずる。
 これでは、軍の行動に、手枷足枷をはめてしまう。

(二)
 軍内部の実情を知りもしないで、軍政に干渉する。
 これでは、軍内部を混乱に陥れてしまう。

(三)
 指揮系統を無視して、軍令に干渉する。
 これでは、軍内部に不信感を植えつけてしまう。

君主の余計な口出しは、まさに自殺行為にほかならない。

彼を知り己を知れば、百戦してあやうからず

あらかじめ勝利の目算を立てるには、次の五条件をあてはめてみればよい。

(一)
 彼我の戦力を検討したうえで、戦うべきか否かの判断ができること。

(二)
 兵力に応じた戦い方ができること。

(三)
 君主と国民が心を一つに合わせていること。

(四)
 万全の態勢を固めて敵の不備につけこむこと。

(五)
 将軍が有能であって、君主が将軍の指揮権に干渉しないこと。

4-軍形篇(5項)

敵のくずれを待つ

智将は、まず自軍の態勢を固めておいてから、じっくり敵の崩れるのを待った。

不敗の態勢をつくれるかどうかは自軍の態勢いかんによるが、勝機を見出せるかどうかは、敵の態勢いかんにかかっている。

勝利は予見できる。
しかし、「必ず勝てるとはかぎらない」、ということを念頭からはずしてはならない。

攻めと守り

勝利する条件がないときは、守りを固めなければならない。
逆に、勝機を見出したときにはすかさず攻勢に転じなければならない。

つまり、守りを固めるのは自軍が劣勢な場合であり、攻勢に出るのは自軍が優勢な場合である。

したがって戦上手は、守りについたときは兵力を隠蔽して敵につけこむ隙を与えないし、攻めにまわったときはすかさず攻めたてて敵に守りの余裕を与えない。

そうすることで、自軍は無傷のまま完全な勝利を収めるのである。

勝ち易きに勝つ

智将は、無理なく自然に勝った。

勝者にとっての勝ちとは、日常、自然、当然であり、勝ってもその知謀は人目につかず、その勇敢さは人から称賛されることはないのである。

したがって、誰にでもそれと解るような目立つ勝ち方は、最善の勝利ではない。
また、世間にもてはやされるような勝ち方も、最善の勝利とは言いがたい。 

まず勝ちて後に戦う

戦えば必ず勝つ。
なぜなら、戦う前から敗けている相手を敵として戦うからだ。

予め勝利する態勢を整えてから戦う者が勝利を収め、戦いを始めてから慌てて勝利をつかもうとするものは敗北に追いやられる。

つまり戦上手は、自軍を絶対不敗の態勢におき、しかも敵の隙は逃さず捉えるのである。

勝兵は鎰をもって銖をはかるがごとし

戦争の勝敗は、次の要素によって決定される。

(一) 国土の広狭。
(二) 資源の多寡。
(三) 人口の多少。
(四) 戦力の強弱。
(五) 勝敗の帰趨。

勝利する側は、満々とたたえた水を深い谷底に切って落とすように一気に敵を圧倒する。

態勢を整えるとは、これを言うのである。

5-兵勢篇(6項)

軍の編成、指揮、奇正、虚実

大軍団を小部隊のように一体となって戦わせるには、指揮系統をしっかりと確立させなければならない。

全軍を敵の出方に応じて絶対不敗の境地に立たせるには「奇正」の運用、つまり変幻自在な戦い方に熟達しなければならない。

石で卵を砕くように敵を撃破するには「実」をもって「虚」を撃つ。
つまり、充実した戦力で敵の手薄を衝く戦法をとらなければならない。

戦いは奇を以って勝つ

敵と対峙するときは「正」すなわち正規の作戦を採用し、敵を破るときは「奇」すなわち奇襲作戦を採用する。
これが一般的な戦い方である。

それ故、奇襲作戦を得意とする将軍の戦い方は、天地のように終わりがなく、大河のように去ってはまた訪れ、まことに変幻自在である。

奇正の変は、勝げて窮むべからず

戦争の形態も「奇」と「正」の二つから成り立っているが、その変化は無限である。
「正」は「奇」を生じ、「奇」はまた「正」に転じ、円環さながらに連なって尽きない。
したがって、誰もそれを知り尽くすことが出来ないのである。

一度の奇襲で勝ったとしても、次に同じ勝ち方は通用せず、変化の無限に行き詰ってはならない。

激水の石を漂わすに至るは勢なり

せき止められた水が激しい流れとなって岩をも押し流すのは、流れに勢いがあるからである。
猛禽が狙った獲物を一撃のもとに打ち砕くのは、一瞬の瞬発力を持っているからである。

それと同じように、激しい勢いに乗じ一瞬の瞬発力を発揮するのが戦上手の戦い方だ。

利をもって動かし、卒をもって待つ

両軍入りまじっての乱戦となっても、自軍の隊伍を乱してはならない。
収拾のつかぬ混戦となっても、敵に乗ずる隙を与えてはならない。

乱戦、混戦のなかでは、統治はたやすく乱れ、勇気はたやすくひるみ、強きはたやすく弱きに変わりうる。
治乱を左右するのは統制力のいかんであり、勇怯を左右するのは勢いのいかんであり、強弱を左右するのは態勢のいかんである。

それ故、用兵にたけた将軍は、利(餌)によって敵を誘い出し、精強な主力を繰り出してこれを撃滅するのである。

勢に求めて人にもとめず

智将は、なによりもまず勢いに乗ることを重視し、人ひとりの働きに過度な期待をかけない。

勢いに乗れば、兵士は坂道を転がる丸太や石のように、思いがけない力を発揮する。

これが、戦いの勢いというものである。

6-虚実篇(7項)

人を致して、人に致されず

敵より先に戦場におもむいて相手を迎え撃てば、余裕をもって戦うことができる。
逆に、敵より遅れて戦場に到着すれば、苦しい戦いをしいられる。

それ故、智将は相手の作戦行動に乗らず、逆に相手をこちらの作戦行動に乗せようとする。

守らざる所を攻める

千里も行軍して疲労しないのは、敵の居ない所を進むからである。
攻撃して必ず成功するのは、敵の守っていない所を攻めるからである。
守備に回って必ず守り抜くのは、敵の攻めてこない所を守っているからである。

したがって、攻撃の巧みな者にかかると、敵はどこを守ってよいか分からなくなる。
また、守備の巧みな者にかかると、敵はどこを攻めてよいか分からなくなる。

そうなると、まさに姿も見せず、音もたてず、自由自在に敵を翻弄することができる。
こうあってこそはじめて敵の死命を制することができるのである。

手薄を衝く

進撃するときは、敵の手薄を衝くことだ。そうすれば敵は防ぎきれない。
退却するときは、迅速に退くことだ。そうすれば敵は追撃しきれない。

こちらが戦いを欲するときは、敵がどんなに塁を高くし堀を深くして守りを固めていても、戦わざるをえないように仕向ければよい。
それには、敵が放置しておけないところを攻めることだ。

こちらが戦いを欲しないときは、たとえこちらの守りがどんなに手薄であっても、敵に戦うことが出来ないように仕向ければよい。
それには、敵の進行目的を他へ逸らしてしまうことだ。

十を以って一を攻める

こちらからは敵の動きは手にとるようにわかるが、敵はこちらの動きを察知できない。これなら、味方の力は集中し、敵の力を分散させることができる。

こちらが一つに集中し、敵が十に分散したなら、十の力で一の力を相手にすることになる。

兵力が少ないというのは、分散して守らざるをえないからである。
兵力が多いというのは、相手を分散させて守らせるからである。

戦いの地を知り、戦いの日を知れば

戦うべき場所、戦うべき日時、戦いの規模を予測できるならば、たとえ千里も先に遠征したとしても、戦いの主導権をにぎることができる。

敵の軍がいかに多かろうと、それだけでは勝敗を決定する要因とはなりえない。
勝利の条件は人がつくり出すものであり、敵の軍がいかに多かろうと、戦えないようにしてしまうことが出来るからだ。

兵を形するの極は無形に至る

勝利する条件は、次の四つの方法でつくり出される。

(一)
 戦局を検討して、彼我の優劣を把握する。

(二)
 誘いをかけて、敵の出方を観察する。

(三)
 作戦行動を起こさせて、地形上の急所を探り出す。

(四)
 偵察戦を仕掛けて、敵の陣形の強弱を判断する。


戦争態勢の神髄は、敵にこちらの動きを察知させない状態であり、敵の態勢に応じて無限に変化するもの。
つまり「無形」にある。

敵の態勢に応じて勝利を収めるやり方は、一般の人にはとうてい理解できない。
彼らには、この勝利は味方の態勢によってもたらしたものということは理解できても、それがどのように運用されて勝利に至ったかまでは解らないのだ。
それ故、一度成功したにすぎない態勢をくり返し使おうとするが、これは間違いである。

実を避けて虚を撃つ

戦争態勢は水の流れのようであらねばならない。
水は高い所を避けて低い所に流れていくが、戦いも充実した敵を避けて相手の手薄をついていくべきだ。

水に一定の形がないように、戦いにも不変の態勢はありえない。
敵の態勢に応じて変化しながら勝利してこそ、絶妙な用兵といえる。

7-軍争篇(7項)

迂を以って直となす

戦争の段取りは、まず将軍が君主から命令を受けて軍を編成し、ついで陣を構えて敵と対峙するわけだが、そのなかで最も難しいのは勝利の条件をつくりだすことである。

勝利の条件をつくりだすことの難しさは、わざと遠回りをして敵を安心させ、敵よりも早く目的地に達し、不利を有利に変えるところにある。

回り道を迂回しながら、利で誘って敵の出足をとめ、敵より遅れて出発しながら先に到着する。

これが「迂直の計」である。

百里にして利を争えば

勝利の条件をつくり出すことができれば戦局の転回に有利となるが、それには危険も含まれている。

百里の遠征であれば、重装備のまま全軍をあげて戦場に投入しようとすれば、敵の動きに遅れをとることになる。
逆に、軽装備で急行しようとすれば、輸送部隊が後方にとり残されてしまう。
かといって、昼夜兼行の急行軍で戦場におもむけば、その疲弊と損害たるや甚大なものとなる。

すなわち、百里もの遠征をして戦うのは、戦場において情報・戦力・戦略物資に遅延と分散を招くこととなり、先鋒軍・中堅軍・後方軍の三将軍がすべて捕虜にされてしまい、軍の作戦行動は失敗に終わるのである。

兵は詐を以って立つ

諸外国の動向を察知していなければ、外交交渉を成立させることはできない。
敵国の山川、森林、沼沢などの地形を知らなければ、軍を進撃させることはできない。
また、道案内を用いなければ、地の利を得ることはできない。

作戦行動の根本は、敵を欺くことである。
有利な状況のもとに行動し、兵力を分散、集中させ、状況に対応して変化しなければならない。

疾きこと風の如し

作戦行動にさいしては、疾風のように行動するかと思えば、林のように静まりかえる。
燃えさかる火のように襲撃するかと思えば、山のごとく微動だにしない。
暗闇に身をひそめるかと思えば、万雷のようにとどろきわたる。

兵士を分遣しては村落を襲い、守備隊をおいて占領地の拡大をはかり、的確な状況判断にもとづいて行動する。

要するに、敵に先んじて「迂直の計」を用いれば必ず勝つ。
これが勝利する条件である。

衆を用うるの法

口で号令をかけるだけでは聞きとれないので、金鼓を使用する。
手で指図するだけでは見分けることができないので、旌旗を使用する。

金鼓や旌旗は、兵士の耳目を一つにするためのものである。

これで兵士を統率すれば、勇猛な者でも独断で抜け駆けすることができず、臆病な者でも勝手に逃げ出すことができない。
これが大軍を動かす秘訣である。

特に夜戦では、かがり火と太鼓をふやし、昼戦では旌旗を多用して部隊間の連絡を密にしなければならない。

気、心、力、変

戦上手は。

【気】
 敵の士気が旺盛なうちは戦いを避け、士気の衰えたところを撃つ。

【心】
 味方の態勢をととのえて敵の乱れを待ち、じっと鳴りをひそめて敵の仕掛けを待つ。

【力】
 有利な場所に布陣して遠来の敵を待ち、十分な休養をとって敵の疲れを待ち、腹いっぱいに食って敵の飢えを待つ。

【変】
 隊伍をととのえて進撃してくる敵、強大な陣を構えている敵とは、正面衝突を避ける。

窮寇には迫ることなかれ

戦に際しては、次の原則を守らなければならない。

(一)
 高地に布陣した敵を攻撃してはならない。

(二)
 丘を背にした敵を攻撃してはならない。

(三)
 わざと逃げる敵を追撃してはならない。

(四)
 戦意旺盛な敵を攻撃してはならない。

(五)
 おとりの敵兵にとびついてはならない。

(六)
 帰国途上の敵の前に、立ち塞がってはならない。

(七)
 敵を包囲したら、必ず逃げ道を開けておかなければならない。

(八)
 窮地に追い込んだ敵に攻撃を仕掛けてはならない。

8-九変篇(5項)

君命に受けざる所あり

将軍は、君主の命令を受けて軍を編成し戦場に向かうのであるが、戦場にあっては次のことに注意しなければならない。

(一)
 行軍の困難なところには、軍を駐屯させてはならない。
「道には、通ってはならない道もある。」

(二)
 諸外国の勢力が浸透しあっているところでは、外交交渉に重きをおく。
「敵には、攻撃してはならない敵もいる。」

(三)
 敵領内深く進攻したところには、長くとどまってはならない。
「城には、攻めてはならない城もある。」

(四)
 敵の重囲におちて進むも退くもままならぬときは、巧みな計略を用いて脱出をはかる。
「土地には、奪ってはならない土地もある。」

(五)
 絶体絶命の危機におちいったときは、勇戦あるのみ。
「君命には、従ってはならない君命もある。」

九変の術を知らざる者は

臨機応変の効果に精通している将軍だけが、軍を率いる資格がある。

これに精通していなければ、たとい戦場の地形を掌握していたとしても、地の利を活かすことができない。

また、軍を率いながら臨機応変の戦略を知らなければ、仮に先の五原則をわきまえていたとしても、兵卒に存分の働きをさせることができない。

智者の慮は必ず利害に交う

智者は、必ず利益と損失の両面から物事を考える。

すなわち、利益を考えるときには、損失の面も考慮にいれる。
そうすれば、物事は順調に進展する。

逆に、損失をこうむったときには、それによって受ける収益の面も考慮にいれる。
そうすれば、無用な心配をしないで済む。

それ故、敵国を屈服させるには損失を強要し、国力を消耗させるにはわざと事を起こして疲れさせ、味方に抱き込むには利益で誘うのである。

吾の以って待つあることを恃む

戦いにさいしては、敵の来襲がないことに期待をかけるのではなく、敵に来襲を断念させるような、我が備えを頼みとするのである。

必死は殺され、必生は虜にされる

将軍には、陥りやすい五つの危険がある。

(一)
 いたずらに必死になること。
「これでは、討死にをとげるのがおちだ。」

(二)
 なんとか助かろうとあがくこと。
「これでは、捕虜になるのがおちだ。」

(三)
 短気で怒りっぽいこと。
「これでは、みすみす敵の術中にはまってしまう。」

(四)
 清廉潔白であること。
「これでは、敵の挑発に乗ってしまう。」

(五)
 民衆への思いやりを持ちすぎること。
「これでは、神経がまいってしまう。」

以上は、戦争遂行のさまたげとなるものだ。

9-行軍篇(8項)

地形に応じた四つの戦法

(一) 山岳地帯で戦う場合。
山地を行軍するときは谷沿いに進み、視界の開けた高所に布陣する。
敵が高所に布陣している場合は、こちらから攻め寄せてはならない。

(二) 河川地帯で戦う場合。
河を渡るときは、渡りおえたら、すみやかに河岸から遠ざかる。
敵が河を渡って攻め寄せてきたときは、水中で迎え撃ってはならない。
敵の半数が渡りおえたところで攻撃をかけるのが効果的である。
ただし、あまり河岸に接近してはならない。
また、岸に布陣するときは、視界の開けた高所を選ぶ。
河下に布陣して河上の敵と戦ってはならない。

(三) 湿地帯で戦う場合。
湿地帯を移動するときは、速やかに通過すべきである。
やむなく湿地帯で戦うときは、水と茂みを占拠し、木々を背にして戦わなければならない。

(四) 平地で戦う場合。
背後に高地をひかえ、前面に低地がひろがる平坦な地に布陣する。

むかし、黄帝が天下を統一できたのは、この戦い方を採用したからにほかならない。

軍は高きを好みて下きを悪む

軍を布陣させるには、低地を避けて高地を選ばなければならない。

また、湿った日陰より日当たりの良い場所を選ばなければならない。
そうすれば、兵士の健康管理に有利であり、疾病の発生を防ぐことができる。

丘陵や堤防に布陣する場合は、必ずその東南の地を選ばなければならない。
そうすれば、地の利を有利に展開することができる。

渡河するときに、もし上流に雨が降って水嵩が増していたら、水勢がおちつくまで待たなければならない。

近づいてはならぬ地形

次の地形からは速やかに立ち去り、けっして近づいてはならない。

【絶澗】 絶壁のきり立つ谷間。

【天井】 深く落ちこんだ窪地。

【天牢】 三方が険阻で、脱出困難な所。

【天羅】 草木が密生し、行動困難な所。

【天陥】 湿潤の低地で、通行困難な所。

【天隙】 山間部のでこぼこした所。

このような所を発見したら、こちらからは近づかず、敵の方から近づくようにしむける。
つまり、ここに向かって敵を追い込むのである。

近くして静かなるはその険を恃む

敵が味方の側近く接近しながら静まりかえっているのは、険阻な地形を頼みにしているのである。

敵が遠方に布陣しながらしきりに挑発してくるのは、こちらを誘い出そうとしているのである。

敵が険阻な地形を捨てて平坦な地に布陣しているのは、そこになんらかの利点を見出しているのである。

木々が揺れ動いているのは、敵が進攻してきたしるしである。

草むらに仕掛けがあるのは、こちらの動きを牽制しようとしているのである。

鳥が飛び立つのは、伏兵がいる証拠である。

獣が驚いて走り出るのは、奇襲部隊が来襲してくるのである。

辞卑くして備えを益すは進むなり

敵の軍使がへりくだった口上を述べながら、一方で着々と守りを固めているのは、実は進攻の準備にかかっているのである。
逆に、軍使の口上が強気一点張りで、いまにも進攻の構えを見せるのは、実は退却の準備にかかっているのである。

戦車が前面に出てきて両翼を固めているのは、陣地の構築にかかっているのである。

対陣中、突如として講和を申し入れてくるのは、なんらかの計略があってのことである。

敵陣の動きがあわただしく、しきりに戦車を連ねているのは、決戦を期しているのである。

敵が進んでは退き、退いては進むのは、こちらを誘い出そうとしているのである。

利を見て進まざるは労るるなり

敵兵が杖にすがって歩いているのは、食糧不足に陥っているのである。

水汲みに出て、本人が真っ先に水を飲むのは、水不足に陥っているのである。

有利なことがわかっているのに進攻しようとしないのは、疲労しているのである。

敵陣の上に鳥が群がっているのは、すでに軍をひきはらっているのである。

夜、大声で呼び交わすのは、恐怖にかられているのである。

軍に統制を欠いているのは、将軍が無能で威令が行われていないのである。

旗指物が揺れ動いているのは、将兵に動揺が起こっているのである。

軍幹部がむやみに部下を怒鳴りちらすのは、戦いに疲れているのである。

馬を殺して食らうのは、兵糧が底をついているのである。

将兵が炊事道具をとりかたづけて兵営の外にたむろっているのは、追いつめられて最後の決戦を挑もうとしているのである。

将軍がぼそぼそと小声で部下に語りかけるのは、部下の信頼を失っているのである。

しばしば賞するは窘しむなり

将軍がやたらに賞状や賞金を乱発するのは、ゆきづまっている証拠である。
逆に、しきりに罰を科すのも、ゆきづまっている印である。

また、部下を怒鳴りちらしておいて、あとで離反を気づかうのは、自らの不明をさらけだしているのである。

敵がわざわざ軍使を派遣して挨拶してくるのは、休養を欲して時間かせぎをしているのである。

敵軍が猛り立って攻め寄せてきながら、いざ迎え撃つと戦おうとせず、さればといって引き上げもしないのは、なにか計略があってのことである。
そんなときは、慎重に敵の意図をさぐらなければならない。

兵は多きを益とするに非ず

兵士の数が多ければ、それでよいというものではない。

やたら猛進することを避け、戦力を集中しながら敵情の把握につとめてこそ、はじめて勝利を収めることができるのである。
逆に、深謀遠慮を欠き、敵を軽視するならば、敵にしてやられるのがおちだ。

兵士が十分なついていないのに、罰則ばかり適用したのでは、心服しない。
逆に、すっかりなついているからといって、過失があっても罰しないなら、これもまた使いこなせない。

したがって、兵士に対しては、温情をもって教育するとともに、軍律をもって統制をはからなければならない。

ふだんから軍律の徹底をはかっていれば、兵士はよろこんで命令に従う。
逆に、ふだんから軍律の徹底を欠いていれば、兵士は命令に従おうとはしない。

つまり、ふだんから軍律の徹底につとめてこそ、兵士の信頼を勝ちとることができるのである。

10-地形篇(5項)

六種類の地形

地形を大別すると、通・挂・支・隘・険・遠の六種類ある。

【通・つう】
 味方からも敵からもともに進攻することのできる、四方に通じている地形をいう。
ここでは、先に南向きの高地を占拠し、補給線を確保すれば、有利に戦うことができる。

【挂・かい】
 進攻するのは容易であるが、撤退するのが困難な地形をいう。
ここでは、敵が守りを固めていないときに出撃すれば勝利を収めることができるが、敵が守りを固めていれば、出撃しても勝利は望めず、しかも撤退困難なので、苦戦を免れない。

【支・し】
 味方にとっても敵にとっても、進攻すれば不利になる地形をいう。
ここでは、敵の誘いに乗って出撃してはならない。
いったん退却し、敵を誘い出してから反撃すれば、有利に戦うことができる。

【隘・あい】
 入口のくびれた地形では、こちらが先に占拠したなら、入り口を固めて敵を迎え撃てばよい。
もし敵が先に占拠して入り口を固めていたら、相手にしてはならない。
敵に先をこされても、入り口を固めていなかったら、攻撃をかけることだ。

【険・けん】
 険阻な地形では、こちらが先に占拠したら、必ず南向きの高地に布陣して、敵を待つことだ。
敵に先をこされたら、進攻を中止して撤退したほうがよい。

【遠・えん】
 本国から遠く離れた所では、彼我の勢力が均衡している場合、戦いをしかけてはならない。
そこでは、戦っても不利な戦いを余儀なくされる。


以上の六項目は、地形に応じた戦い方の原則であり、その選択は将たる者の重要な任務である。
慎重に熟慮しなければならない。

敗北を招く六つの状態

軍は、走・弛・陥・崩・乱・北の状態におかれたとき、敗北を招く。
この六つは、いずれも不可抗力によるものではなく、あきらかに将たる者の過失によって生じる。

【走・そう】
 彼我の勢力が拮抗しているとき、一の力で十の敵と戦う羽目になった場合。

【弛・し】
 兵卒が強くて、軍幹部が弱い場合。

【陥・かん】
 軍幹部が強くて、兵卒が弱い場合。

【崩・ほう】
 将軍と最高幹部の折り合いが悪く、最高幹部が不平を抱いて命令に従わず、勝手に敵と戦い、将軍も彼らの能力を認めていない場合。

【乱・らん】
 将軍が惰弱で厳しさに欠け、軍令も徹底せず、したがって将兵に統率がなく、戦闘配置もでたらめな場合。

【北・ほく】
 将軍が敵情を把握することができず、劣勢な兵力で優勢な敵に当たり、弱兵で強力な敵と戦い、しかも自軍には中核となるべき精鋭部隊を欠いている場合。


以上六つの状態は、敗北を招く原因である。
これは、いずれも将軍の重大な責任であるから、いやがうえにも慎重な配慮が望まれる。

10-地形篇

・六種類の地形
・敗北を招く六つの状態

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